【アッパ、父よ】 ガラテヤ4章1~9節

2017年8月6日

 1954年《昭和20年》8月6日午前8時15分。広島に原子爆弾が投下され、広島全壊、続いて長崎にも投下され、多くの死傷者が出ました。大本営発表では特殊爆弾でしたが私は原子爆弾だと思いました。それは翌日出撃する学徒出身の特攻隊員から仁科研究所で試作中の原子爆弾だが、一発でロスアンジェルスを壊滅できるんだ、自分達はその時間稼ぎだと語っていたので原子爆弾だと直勘したのです。改めて戦争の悲惨さを覚え、70年守ってきた平和を護持しなければならないと決意するものです。この戦いで3百数十万の日本人の犠牲と、侵略した国の数千万人の犠牲によって得た平和であることを忘れてはなりません。

 ガラテヤ書の講解説教を続けています。3章23~24節「信仰が現れる前には、私達は律法の下で監視され、この信仰が啓示されるようになるまで閉じ込められていました。こうして律法は、私たちをキリストのもとへ導く養育係(訓練係。教育係パイダゴーゴスπαιδαγωγοσ)となったのです。私たちが信仰によって義とされるためです。25~26節「しかし、信仰が現れたので、もはや、私達はこの様な養育係の下にはいません。あなた方は皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれた神の子なのです。」

 29節[あなた方は、もしキリストのものだとするなら、とりもなおさず、アブラハムの子孫であり、約束による相続人です]未成年の相続人は相続した全財産を所有していても、元所有者の父親が指定した期日までは、後見人に管理され、または成人した時初めて相続財産を自分の所有とすることが法律で決められています。4章3~5節[同様に私たちも、未成年であったときは、世を支配する諸霊に奴隷として仕えていました。しかし、時が満ちると、神は、その御子を女から、しかも律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました。それは、律法の支配下にある者を贖い出して、私たちを神の子となさるためでした]

 6節「あなた方が子である事は、神が、『アッパ、父よ』〈Αββ hο πατηρアバ ホ パテール〉と叫ぶ御子の霊を、私達の心に送ってくださった事実からわかります。」アッパはアラム語でイスラエルの人々が社会や家庭で使っていたわが父よと言う意味です、お父さんという普通の言葉です。十字架の前夜ゲッセマネの祈りで主はマルコ14章36節『アッパ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯を私から取りのけてください.しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行なわれますように』子として親しく祈られ時に、アッパは使われています。父よは改まった時に遣うギリシャ語です。叫ぶ〈κραοονクラオン〉は旧約・新約共に神様に声をあげて祈る時に使います。

 9節「ですから、あなたはもはや奴隷ではなく、子です。子であれば、神によって立てられた相続人でもあるのです。」キリストへの信仰が現れるまでは私達は律法の下で監視されこの信仰が啓示されるまで閉じ込められていました。こうして律法は、私たちをキリストに導く養育係になったのです。信仰が現れたので養育係の下から離れて、私達は皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子とされたのです。そしてキリストの祝福に預かるものとされました。

 私達は皆、イエス様と同じく『アッパ、父よ』と祈ることが出来るようになったのです。私達は祈る時に、「天のお父様、御名を崇めます」と祈り始めることが出来るように神の子とせられたのです。そして最後に主の名によって祈りを終えるのです。ヨハネ16章23~24節 『はっきり言っておく。あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすればあたえられ、あなたがたは喜びに満たされる』

 「わが父よ、天のお父様」と神様に祈られるのは神の子とせられ神様の相続人とされたキリスト者私達の特権でり。イエス・キリストのみなで祈りを受け入れてもらえるのもキリスト者の特権です。感謝します。