日本ホーリネス教団
元住吉キリスト教会

 

2013年のメッセージ

 

【命の言葉】 ヨハネの手紙一1章1節〜10節

2013年12月15日

  12月に教会は音楽と賛美に溢れます。クリスマスの賛美は外の月には歌われませんので本日の礼拝はクリスマス聖歌を中心として説教は10分に留めます。聖歌、67(わが心は)、68(久しく待ちにし)、73(生けるものすべて)75(神の御子は)76(諸人こぞりて)80(天なる神には)79(天には栄絵)99(馬槽の中に)まだありますが以上を己が幸を祝わずやと感謝しつつ讃美しました。

  今から72年前1941年12月8日を境として私の人生は大変化しました。月月火水木金金となり土日がなくなり礼拝に出席が難しくなりました。翌年の6月には治安維持法が拡大解釈され牧師は逮捕され教会は解散となりました。60年余平和憲法の故で礼拝を守り降誕節にクリスマスの歌を教会堂で歌うことの出来る幸いを深く感謝しつつ、再び戦ってはならないと固く誓い、平和の君神の独り子が、人となりこの地上にお出でになった事を、己が幸を祝わずやと讃美できるこの一時をお互い大事にしたいものです。

  ヨハネ福音書一1「言葉は神であった・・・言葉が肉となった」と述べます。一ヨハネはこれを詳しくかつ具体的に伝えます。ヨハネ第一の手紙一1「初めからあったもの、私達が聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言葉について。——この命は現われました。御父と共にあったが、私達に現れたこの永遠の命を、私達は見て、あなたがたに証しし、伝えるのです。——私たちが見、また聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなた方も私達との交わりκοινωνιαコイノニアを持つようになるためです。私達の交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです。」コイノニアを信じることが出来れば三位一体の神を認め信じ得ます。

  聖歌99「馬槽の中に」を讃美しましょう。

  ヨハネたち12弟子だけではなくまだ大勢の弟子達が、自分自身の五感(見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触る)で人間イエス様を身近に感じ知っていたことを証し続けたのです。

  私達もこの喜びを賛美を持って表したいのです。この賛美礼拝が続けられるよう平和な世界、戦争を永久にしない日本であるよう心からお祈りします。私は自身の信仰ゆえに秘密保護法案が拡大解釈され、真実を知らずして太平洋戦争を戦ったことが、再び起こるのではないかと恐れるものです。

【火の柱雲の柱に導かれる】 出エジプト記13章17〜22節

2013年12月1日

 モーセは脱出の少し前に、間もなく実現されることを確信し、出立に先立つ晩のための聖なる食事を指示します。ばらばらになっている12氏族がモーセの命令で一つの晩に集中され諸族が予定されていた動物たちを同時に殺す。各家族が自分の分を食べ、各家族が自分の家にいて、全員がそれを同時に食べ、唯一回の食事が彼ら全員を共同体へと一体化しました。家の門柱と鴨居に血が塗られ、ヤハウェの為に血において自らを聖別し、同時に彼のものである人間の初子を解放する奇跡に与りました。この食事で緩やかな氏族関係が引き締められ、イスラエルとして纏まりました。これはイエス様によって聖餐式へと受け継がれ聖餐に与る者を一つになさいました。

 出エジプトした烏合の民を主は先立って、昼は雲の柱夜は火の柱となって彼達の行進を支えられた。14章1〜31節。主は近道を通らず迂回して地中海に近い葦の海へと導かれます。パロが追って来たら袋のネズミで全滅することを人間モーセは承知していたが、彼は主に従いました。パロの軍勢はしめたとばかり戦車を走らせたが砂と沼地に往生した。それでもエジプト軍は既に背後に襲いかかろうとしていた。民は恐れて主に向って叫び、十四11・12とモーセにっ言った、モーセは13・14「恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなた達の為に行われる主の救いを見なさい。あなた達は今日、エジプト人を見ているが、もう二度と、永久に彼らを見ることはない。主があなた達の為に戦われる。あなた達は静かにしていなさい」と答えた。

 イスラエル人たちの大胆な進撃(人の計画ではなく神様に導かれて)とエジプト人たちの混乱(彼らの動きの鈍い戦車は砂や湿地に車がはまり込み、又主の雲の柱に巻き込まれ)前者の救済と後者の破滅を見つめたイスラエルは、海の出来事を彼らの神の行為として、奇跡として理解したことは彼らの精神史に大きな働きをしました。彼らがそれを解釈したということではなく、彼らがそれを奇跡として経験したと言う事です。それを奇跡として感知したのです。この運命の時がイスラエルを造りだし、人類の信仰史におけるイスラエルの成立に決定的な影響を及ぼしたのです。

 そしてこの経験をモーセがヤハウエーを讃美したのが15章です。賛美歌の原点です。超自然的な出来事でなく自然と歴史の客観的な知的関連の中に取り入れることができる出来事だったのです。現実に奇跡は、その出来事は驚嘆すべき経験であり、奇跡と共に生き、この威力は何度も何度も再認識したのです。エジプトの多くの神々が唯一つなるものの打撃の下に消え去ったことを見た男モーセの現実的な宗教なのです。

 モーセの姉ミリアムが歌う歌によって、預言者が持つ二つの根本的機能、神の言葉を共同体にもたらすこと、共同体の言葉を神にもたらすことの機能を果たすが故にネピーア告知者。話し手と呼ばれます。彼女は共同体の女達にこの歌を歌って聴かせ、演奏し、踊って見せ、女達の合唱隊は歌い、太鼓の演奏、そして輪舞で応えます。これらすべてはヤハウェのためであり、彼に捧げられ、聖別されます。それらは奇跡の状況から直接湧き出たものです。ミリアムの歌はサムエルの時代、ダビデ、ソロモンの時代に大いなる賛歌に仕上げられていきました。

 ヤハウェ奇跡的威力によってイスラエルをエジプトから導き出し、奇跡的威力によって目的地に至る途上にあるイスラエルを導き奇跡的に民を先導します。道程の滞在地で不確かさや気がかりな疑問が起きると、ナービー(預言者)モーセは神の奇跡的な知恵と助言を神から与えられました。イスラエルにとってヤハウェは唯一の働く威力であり奇跡の主であり、永遠の王(メレク)なのです。

 翻って現在の私達には聖霊の先導により、聖書の言葉が雲の柱・火の柱となって人生の道を切り開いて主、イエス・キリストを目標として前進する時奇跡の業に与ります。超自然現象と呼ばれる出来事と奇跡は次元の違うことであることを銘記してください。そして聖書を通読することによって主の奇跡を経験してください。

 

【主は過越される】 出エジプト記12章1〜20節

2013年11月24日

 イスラエルの宗教生活において重要な三大祭(巡礼祭)㈰ペサハ過越しの祝い(種入れぬパンの祭りを含む)㈪シャプオット五旬節(7週の祭り)㈫スコット仮庵祭があります。特に旧約・新約で重視されているのは過越しの祭りです。13〜14節『あなた達のいる家に塗った血・・を見たならば私はあなた達を過越す。私がエジプトを打つ時(全ての人の長子、家畜の初子は死ぬ)滅ぼす者の災いは(長子の死)あなた達に及ばない(過越す)。この日は、あなた達にとって記念すべき日となる。あなた達はこの日を主の祭りとして祝い、代々にわたって守るべき不変の定めとして祝わねばならない』。ヤハウエーは民に語りかけるとき常に私はあなた方を奴隷から救い出したものであると前置きして話されています。

 21〜23節モーセは命じて「家族ごとに羊を取り、過越し犠牲を屠りなさい。そして、一束のヒソプを取り鉢の中の血に浸し、鴨居と入り口の二本の柱に鉢の中の血を塗りなさい・・・」ヨハネ19章28〜30主イエス様は十字架の上で肉を裂かれ血を流され、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、『私は渇くδυφω』と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。そこにおいてあった酸いぶどう酒を満たした器からその葡萄酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、主の口元に差し出した。イエスはこのぶどう酒を受けると、『成し遂げられたテテレスタイτετελεσται』と言い、頭を垂れて息を引き取られた。過越しのとき犠牲の羊の血を満たした器にヒソプの束を浸し、鴨居と二本の柱に塗られた血によってイスラエルの民は死の災いから逃れたのみだけではなく、頑ななパロの奴隷から救出されエジプトにて暮らした430年の頚木(くびき)から老人・女・子供達と、壮年男子凡そ60万人、全体で約2百万〜2百50万が解放されました。

 十27七っ目の雹の災いが襲いかかるとパロはモーセとアロン呼寄せて言った。「今度ばかりは私が間違っていた、正しのは主であり、悪いのは私と私の民である。主に祈願してくれ。恐ろしい雷と雹はもう沢山だ。あなた達を去らせよう。・・・」モーセは町を出ると両手を広げて祈った。すると雷も雹もやんだ。それを見てパロは心を頑なにしてイスラエルの人々を去らせなかった。パロは十11「・・男だけ行って、主に仕えるがよい。・・」と彼らを追い出した。

 それに対して神はイナゴの大群を東風に運び込ませ、それらは地のあらゆる草、雹の害を免れた木の実、木であれ、野の草であれ、エジプト全土の緑のものは何一つ残らなかった。16パロは急いで二人を呼んで頼んだ「あなた達の神、主に対し、またあなた達に対しても、私は過ちを犯した。もう一度だけ過ちを赦して、あなた達の神、主に祈願してもらいたい。こんな死に方だけはしないで済むように」モーセが祈願すると強い西風がイナゴを吹き飛ばして、葦の海に追いやられた。パロはまたもや民を去らせなかった。

 21神様はこのときモーセに命じて闇を望ませ、手に感じるほどにせよと。3日の間暗闇が臨んだ。エジプトの最高神は太陽ですので彼達は守り神を失ったと思い、24〜29またもや闇が解決するとパロは心を頑なにした。ついに神は最後の決定的な災いを下された。過越しの出来事です。上はパロから下は奴隷の家まですべての長子が死ぬ事です。イスラエルは門柱に羊の血を塗り、旅支度をしたまま種入れぬパンと苦菜を添え羊の肉を食べいつでも出発できり準備した。

 十二20〜36パロは出国を許し、エジプト人は民をせきたてて国から去らせようとした。民は彼らに金銀の装飾品や衣類を求めたエジプト人は求めに応じた。これらの品は荒野で主の幕屋を作るのに役に立った。神様は鴨居と二本の柱にヒソプで犠牲の血を塗ることを命じられたが敷居はそのままでした。神様の細かいお心遣いを感じました旅衣装を汚さない事です。39彼らは過越しの愛のみ業で救われたが、何時パロが心を変えて妨害するやも知れないので急いで出立した。事実パロはイスラエルを出国させたこと悔いて軍隊を引率して彼達を追っています。そして紅海渡渉の奇跡が起こるのです。

 

【私達の国籍は天にある】 ピリピ3章17〜21節

2013年11月3日

 ヘブル書11章8−10,13−16節 アブラハムはメソポタミアの肥沃な地に住んでいて、偶像に囲まれての生活をしていた。75歳の時ヤーウェの『あなたは生まれ故郷父の家を離れて私が示す地に行きなさい。私はあなたを大いなる国民にとしあなたを祝福し、あなたの名を高める祝福の源となるように。・・・』との言葉に従って旅立った(脱出した)。示された地カナンにて神様が一方的に彼と契約を結ばれた。そして星の数ほどの子孫を約束されたが、子宝に恵まれない。思い余った妻サラは自分の女奴隷ハガルに子供を産ませることにしました。身ごもったハガルは男の子イシマエルを生んだ。彼がアラブ族の祖先となります。

 イスラム教のコーラン14イブラーヒム40にムハンマド(マホメット)はアブラハムが一族の為に祈った言葉を「主よ、私は子供の一部(イシマエル一族)を耕地もない窪地に(メッカ)、汝の聖なるお住い(メッカの神殿)の側に住まわせることにしました。主よ、願わくば彼らが礼拝の務めを正しく守り、人々に好感を抱かれるような人間になりますよう。なにとぞ、充分な実りをもって彼らを養い給え。そうすればきっと彼らも感謝の心を抱くように(立派な信仰持つように)なりましょう」と述べています。ここにセム族の一員として旧約を信じている様を見ることが出来ます。なおイエス様は処女降誕をなさった最高の預言者だとも述べ新約も認めています。

 パウロは真のキリスト者は、キリストと共に天に国籍を持っていると言います。永眠された方々は霊の体によって神様の下で平安に過ごしつつ主イエス様の再臨の時を待ち望んでおられます。人間は神様によって肉と心と霊を完全に創られましたが、後で罪に陥ったため卑しいものとされ、罪の払う価は死でありその結果肉体(心の活動も含む)は滅びて霊のみ残されたのです。

 アブラハムは神の召しによって、行き先も知らずに出発し約束の地では、よそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表していた。彼は去った故郷ではなく更に勝った故郷すなわち天の故郷を熱望していたからです。彼は自分の国籍は天にある(神の下にある)ことを確信していたのです。多くの人は十字架に敵対して歩んでいます。彼らは己が腹を神とし、恥ずべきものを誇りとしこの世のことしか考えていません。彼らの行き着くところは滅びです。私たちキリスト者の国籍は神の下にあります。そしてそこから主イエス様が先に召された方々を引き連れて救い主として再臨なされるのを、私達は待望しているのです。

 その為には私パウロに倣う者にならなければならないと言います。完全な方はキリストのみです。彼自身の生き方、歩み方、戦い方に倣うのです。彼は今完成の途上にあって真剣な戦いをしているのです。その真剣な信仰生活を倣うことが国籍を天に持つものの進むべき道です。

 先に主に召された信仰の兄弟姉妹が歩まれた道を辿って、愛する方々とお会いできる信仰生活に、お互い励みましょう。その行為が聖徒の日礼拝を守る者の歩むべき道です。

【モーセ、パロの前に立つ】 出エジプト記5章1節〜19節

2013年10月20日

 ヤハウェ神は燃える柴の中からモーセに、わが民(アンミ)を奴隷から救い出して祖先の地乳と蜜の流れる地へと導き上れとの召命と命令を授けた。モーセは、エジプト王家の力を熟知している上に、40年間の荒野での生活で自分の無力さ・器の小ささを深く知り、大きな使命にたじろいで役目を辞退したいとの意思を固めた。

 モーセは㈰民が遣わされた方の名は何と言うかと質問すると何と答えるか㈪神様はモーセの杖を蛇に変えまた元に戻す4章1節〜。㈫重い皮膚病になる。㈬ナイル川の水を地面に撒くと血になる9節。㈭口が重く、弁が立つほうではない、外の人を立ててくださいと言う。14節神は怒りを発して言われた17節。㈮『・・兄のアロンが既に彼に会うためこちらに向っている。・・彼は良く話す、語るべき言葉を彼の口に託すが良い。私はあなたの口と共にあり、また彼の口と共にあって、あなた達のなすべき事を教えよう、彼はあなたに代わって民に語る。彼はあなたの口となり、あなたは彼に対して神の代わりとなる。・・・』19節

 主はミディアンでモーセに言われた。『さあ、エジプトに帰るが良い、あなたの命をねらっていたものは皆、死んでしまった』モーセは、妻子をロバに乗せ、手には神の杖を携えて、エジプトの国を指して帰って行った。そして神の山で兄アロンに会い、モーセは自分を遣わされた主の言葉と、命じられたしるしをすべてアロンに告げた。

 イスラエルの長老を全員集め、アロンは主がモーセに語られた言葉をことごとく語り民の面前でしるしを行ったので、民は信じた。また、主が親しくイスラエルの人々を顧み、彼らの苦しみをご覧になったということを聞き、ひれ伏して礼拝した。

 5章1節〜3節二人はパロのもとに出かけて行き、言った「イスラエルの神、主がこう言われました。『私の民を去らせて、荒れ野で私のために祭りを行わせなさい』と」パロは「主とは一体何者なのか・・・・私は主など知らないし、イスラエルを去らせはしない」そして集会の自由を制限するために、彼は労働条件を厳しくした。すると民は直ちにモーセに背を向け、もはやモーセの言うことに耳をかさない。それで22節23節「わが主よ、あなたは何故、この民に災いをくだされるのですか・・・」とモーセは神に訴えた。

 主はモーセに言われた6章1節〜8節『・・・私は主(私はヤハウェ{現存する者、現前するもの})である。私はエジプトの重労働の下からあなた達を導き出し、奴隷の身分から救い出す。腕を伸ばし、大いなる審判によってあなた達を贖う。そして、私はあなた達を私の民とし、私はあなた達の神となる・・・・私は主である』父祖達の神であったが、私の民と呼びかけイスラエルの民の神となられた。時にモーセは80歳、アロンは83歳であった。

 民は厳しい重労働によって意欲を失って、モーセの言う神の言葉を聞こうとはしなかった。モーセとアロンは再び、パロの前に立ってイスラエルの開放を求めるがパロの心は頑迷で、民を去らせようとはしない。そこで主は十の災難をを与えて民を救い出すこととされた。ナイル川を血に変え、蛙が国中、庭と言わず家に中まで満ち、ぶよやあぶが人や家畜を襲いエジプト人は悩まされた。その度毎にパロは奴隷よりの解放を約束するが、モーセの祈りによって解決するとまたもとの頑迷さに戻る有様でした。

 十の災いは季節的な面を見ることが出来ます。6月—ナイル川の水が最も少ない時期に赤い藻が発生して川は真っ赤になり、魚類も死ぬ事もあった。7月—ナイル川の増水で蛙が多く発生する。8・9月—暑い夏にぶよやあぶが発生する。10・11月—洪水が最高潮になり、湿気のため疫病や皮膚病が流行する。1月—大麦が穂を出す頃滅多にない雹が降って害をなす。2月—イナゴが発生する。3月—熱風で砂嵐が起きて暗闇になることもある。4月パロやエジプトの長子は死亡、イスラエルには死が過ぎ越した。パロはここに至って奴隷からの解放・出国を許す。なお歴史学者たちがこの災いはエーゲ海のサントリニ島の大爆発によって起こり、葦の海で起きたイスラエルの救いと、エジプト軍溺死全滅の出来事は。噴火による津波であるとしています。

 十の災害の神様の目的は、1)イスラエルを奴隷から開放し出国させる。2)ヤハウェの力は全てに優位を示す。3)エジプトの神を裁く、古代エジプトには2千余の神々がそれぞれの役目を持っていたがその役目を破壊される。この十の災害でヤハウェは自然現象おも用いて業をなさる事を知ります。モーセの生涯や、この災害を細かく見ていきますと神様の御計画の綿密さに驚嘆します。

【モーセ神に出会う】 出エジプト記3章1節〜22節

2013年10月6日

 ヤコブ(イスラエル)の12名の一族70人と、残されていた同族が次々とゴセンの地に来て住みつき、約2百年の間に成年男子が凡そ百万に達していたようです。いかなる民族も強制的(酷使)に奴隷化された屈辱の出来事を自分達の歴史に書き加えたりしませんが、イスラエルの神が自らの民を自らに奉仕させる為にエジプトへの奉仕から解放する役目をモーセに与えられたとのべます。パロの王女が自ら引き上げた(マーシャ)と言いモーセと名付けた。奴隷化され酷使に喘ぐイスラエルが神様に助けを願ったので、神様はモーセを遣わして彼達をエジプトから救い出さしめた(引き出した)のです。

 モーセの生涯は、3期に分けられます。第1期、王女ハトシェプストにナイル川から引き上げられ王宮で当時の最高の学問を身につけ、多くの兵士を指揮して戦い、多数の人を掌握する能力も持っことが出来た期間。第2期は殺人罪の罰を逃れ、ミデアンの荒野でしうとであるエテルの羊飼いをしていた40年の信仰の訓練の期間。第3期が神に出会い召命を受け、パロの前に立ち、イスラエルをエジプトから救いだし、約束の乳と蜜の流れる地へと民を導いた40年間です。

 うなじの硬い強情な民を約束の地へと導くことは、強い信仰と統率力と知恵が必要です。その人物を、教育、訓練し、自己の力に頼る性格を砕き謙虚に神に従う信仰を持つ人物モーセを選ばれ、長い準備の時を費やされたのです。その80年間神様は一度も彼に語りかけ、み姿をお見せになられていません。

 第3期目の最初に、燃えるしばの物語があります。この地域のベドウウィン達は夏の初めに新鮮な牧草のある山地に入るが、モーセもあるとき羊を追って、ホレブ山ないしはシナイ山と呼ばれる神の山にやってきました。(この山で出エジプトをした神の民にモーセを通して十戒が与えられる)セネーと呼ばれているしばの茂みが燃え上がりその中に主のみ使いが現われた。彼が見ると柴が燃えているのに、しばが燃え尽きないこの光景を不思議に思った彼は道をそれて見届けようとした。

 主はそれをごらんになってしばの中から声をかけられ、『モーセよ、モーセよ』と言われ『ここに近づいてはならない。あなたの立っている場所は聖なる土地だから』続けて『私はあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』と族長の神ヤハウェであることを告げられ、『私は、エジプトにいる私の民(アンミ)の苦しみをつぶさに見、・・7〜10節、今、行きなさい。私はあなたをパロのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。』と命じられた。モーセの召命です。

 『あなたの立っている場所は聖なる土地だから』天幕教会から小さな会堂を建てるとき、履物を脱ぐかそのままはいるかが問題となり話し合いました。主がモーセに言われたとおりに、履物を脱ぐことになりました。このことは先輩達の希望であったことをその後の本建築にも採用され、今後も覚えていただきたいと思います。イスラムの礼拝堂は履物を脱ぐだけではなく足を洗う所も備えているとの事です。

 民があなたの名は何(マー)とはヘブル語で通常言わず、あなたは誰(ミー)ですか、彼は誰ですかと言うのです。何と問うときは名前の中に表されている事柄あるいは隠れている事柄が問題にするのです。モーセの問いかけにヤハウェは『エヒエー・アシェール・エヒエー』と答えられた。マルチン・ブバーは「私はあるところのもので私はアル」と訳しました。アルは現存です。それまではアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神で族長の神でしたが、今モーセの前に立たれておられるのは、神は神によって選ばれた者のもとに現存し、彼のもとに現前し続けており、彼を援助すると約束なさり、神は過去・現在・未来において現存なさるのです。14節後半『私はある』(現存する)と述べられた時から族長の神が選民イスラエルのもとに現存する神との宣言でもあります。ここで始めてわが民アンミと呼びかけられたのです。

 モーセが神と出会い『モーセよ』と神から声をかけられ『私は在るところのものである私は在る』と答えられ、族長の神から選民イスラエルの神となられた。新約に至り主イエス様の十字架の死、御復活によりヤハウェは万民の神となられました。ここで述べられたように現存は、族長の神、イスラエル民族の神、世界の神、宇宙の神を指しています。

【夫婦関係を回復する真実の愛】 雅歌8章1〜14節

2013年9月15日

 ヘブル聖書では雅歌は第三に区分され諸書(へ語)ケスービームの五巻の書物メギッロース(ルツ記・雅歌・コレヘトの言葉・哀歌・エステル記)に属し、ユダヤ人の祭りに朗読されました。雅歌は過越の祭りの8日目、ルツ記は五旬節に、哀歌はエルサレムが陥落したアブの月の第9日目、伝道の書は仮庵の祭りに、エステル記はプリムの祭りに各々朗読されました。

 日本語の最初の版は、漢語から訳されたので各書は漢字でそのままでした。口語訳になって難しい字は片仮名になりました。雅歌はデシール・ハッシーリームもろもろの歌の中の唯一の歌・最も優れた歌の意味です。70人訳(ギリシャ語)アスマ・アスマートーンασμα・ασματων、ソング・オブ・ソングズと直訳。ルター以来ドイツ語訳は最上の歌となっています。

 ご存じの通り、エステル記と雅歌は神の名が用いられていない聖書では特異な書物です。エステル記は神様の不思議なほどの綿密な御計画御摂理の御手を見ることが出来ますが、雅歌は人間の男女の愛の賛歌であり、世俗的な恋愛詩が綴られ聖書にはふさわしくないように見えますが、聖書全体・教会の歴史・教会特に現代の人々に語りかける神様の啓示のお言葉です。

 創世記1章21「神は御自分にかたどって人を創造された。・・・男と女に創造された」そしてお互いは助け合う関係に創造され、お互いに結ばれて一体となるのです。アダムとエバの間に罪が入ってきて男女関係、人間関係にほころびが生じました。特に夫婦関係は愛と信頼を土台として成り立つものですが、時間が経過すると愛を忘れて人間不信がおきてきます。そのような中で雅歌は、神に造られた人間が人間に対して持つ愛の姿を、率直に歌い上げるのです。

 雅歌は3章5節までが婚約の期間、3章6〜11節が婚礼、4章〜6章が新婚時代、7章以下はより深い豊かな夫婦関係が歌われています。この3時代を実りあるものにするのは愛です。愛は強制され、かきたてられて生じるものではありません。2章7・3章5・8章4「エルサレムの乙女達よ野のカモシカ、雌鹿にかけて誓ってください愛がそれを望むまでは愛を呼びさまさないと。」三度述べられています。愛はその人のうちに与えられるものです。人は愛する相手を選ぶことは出来ますが、相手に自分を選ばせることは出来ません。相手に選んでもらったことを感謝するのみです。

 ヘブル語には愛に相当する言葉はヤーダー(全身全霊を持って知るの意)ヘセド(神との間に結ばれた契約を守った時に与えられる愛、その神の愛に対する応答が愛)ギリシャ語は、1)エロオー(名詞エロ−スερωσ)性的欲情に基づく愛、聖書には出てこない。2)ストルゴー(名ストルゲーστρυγη)肉親間の愛。3)フイレオー(名フイリアφιρια)兄弟愛・人類愛を表す。4)アガパオー(名アガペーαγαπη)神の愛、それに動機付けられた人間の愛を意味します。前記の3つは神によって昇華されアガペーに含まれます。キリスト教は愛の宗教ですので、圧倒的にアガペーが使われています。雅歌の70人訳(ギリシャ語新約への引照)もそうです。

 雅歌は夫婦の間での、肉体愛・性愛を高らかに歌い上げています。神様は性を非常に良いものとしてお造りになりました。人はそれを感謝する時に、大いに楽しみ悦ぶことができます。しかし罪は奪うものとなり、自分を慰め、快楽追求の道具となりました。性を隠微で猥褻なものにしているのは、私達のうちにある罪です。夫婦の枠組みを超えた性愛については、神様は繰り返し繰り返し姦淫の罪を指摘しています。肉体も性愛も夫婦の間で神が造られたものとして感謝する時、罪が取り除かれ、神との関係が回復するため真の愛をいただく事が出来ます。私は性愛にアガペーが使われていることに聖書・神のみ言葉に深い感銘を受けました。

 

【豊かな実を結ぶためには】 ヨハネ15章1−10節

2013年9月1日(於経堂めぐみ教会)

 私には夢がある。50年前の8月28日、人種差別の撤廃を訴えた演説の最初に語られたキング牧師の言葉です。公民権運動といっても激しい差別がなくなるだろうかと疑問を持ちましたが、50年後の今黒人初の大統領が実現しています。いまだ進行形ですが法律が成立したことは素晴らしい事です。キング牧師の夢が実現しました。

 増田一家が帰国して杉並に居を定められたので、江副喜助牧師・松村悦夫牧師と私が歓迎訪問をした際に、増田師がEC教団の支部を日本に作る事が使命だけど何処から手を付けたらよいか分からないと言うので、心を一つにして祈りました。我々一同で開拓をしようではないかという事になりました。先ず松村牧師がEC教団の信徒手帳を訳して日本の教規を作ることとなり。後で加わった安田祥三師達との交わりを中心の私宅と元住吉で毎月集まることになり、安田師の提案で集いを、FEEMYフェミーとしました。4教会合同運動会・ハイキング・青年会を中心とするキャンプ60人余のご飯炊き、オカズつくりに大奮闘。卒業生を祝う会を渋谷の中華料理店で70人余の出席で行い、調布と元住吉での結婚式も各教会の青年達の出席で厳かになされました。等等交わりの楽しい思い出を作りました。

 益田牧師が折井兄弟の学習塾で集会を初め忙しくなったので、フェミーの牧師会も出来なくなりました。彼が目を悪くして、説教が出来なくなったので3人で増田師の代理をしました。癒されたので私達は教団の仕事に戻り、江副牧師が戦後の聖書学院卒最初の委員長を2期務め、その後松村牧師が就任、学院改築で奔走中に倒れ召されました。彼達が教団の仕事に戻った後は、益田牧師のことは私に任せられました。

 私達の関係を述べましたが、フェミー結成には夢がありました。それぞれ信徒を集め会堂をたてることでした。元住吉はバラック作りの2階建てを本建築にすること、時を経て調布教会堂・千葉教会堂も見事に出来上がり、やがて経堂恵み教会堂も完成それぞれに素晴らしい信徒も与えられ我々の夢は進行形ですが成就されました。特に益田牧師はEC教団の日本教区を形づくられました。益田牧師の亡き後はこの教区と教会を守り育てて行くのは各教会の責任であり義務でもあります。

 その為にはヨハネ15章をよく心に留めていただきたい。細かい事は先週須藤牧師の説教に述べられていると思いますので、私が関与した経堂恵み教会のことを述べました。

 ヨハネ14章〜16章はイエス様の遺言です。私は機会を多く作って読みます。17章はイエス様の最後の執り成しのお祈りです。15章4・5節真のぶどうの木であると言明なさるイエス様に繋がっておるならば・・・・豊かな実を結ぶ・・・私は益田牧師の夢であった経堂教会とEC教団の日本教区は彼の祈りの実であると思います。それで教区の信徒牧師はイエス様に繋がる枝であることを自覚して、益田牧師がイエス様に繋がる枝として結んだ実である皆様と教会と教区を大事にするためには、御一同が励ましあってイエス様につながって下さい。そしてあなた方も豊かに実を結んで下さい。その実を持ち寄って真の教会・教区を作ってください。

 

 

【神に捨てられたヤコブの家】 イザヤ2章1〜9節

2013年8月18日

 68年前の7・8月は朝から40度を越す暑さでした。私は台湾台中の特攻基地の守備をしつつ米軍の内陸進攻阻止するトンネル陣地を構築しながら訓練をしていました。私の人生の基盤には学寮での友人達との交流、戦争、軍隊生活があります。特に私の信仰は戦争抜きには持ち得ないものでした。7・8月の赤土の陣地では38歩兵銃と120発の小銃弾と2個の手榴弾を雑嚢にいれてトンネルの中の5つの銃座の補修と射撃距離を確かめる中で沖縄戦の経験による戦車の下に爆雷を置く(事実は体毎飛び込むこと)の練習をしつつ前途は死より外なしという時、聖書を通して主との出会いを経験しました。

 68年の8月は忘れられない出来事が3つありました。6日の広島9日の長崎への原爆投下(私達には新型爆弾とのみ知らされていました)と15日の敗戦です。日本は無条件降伏をしました。翌年の3月大竹港に上陸、耳に入ったのは終戦ということばで敗戦を認めていないのかと驚きました。私達は銃をグリスでさび止めをし、弾薬なども数を調べて連合軍に引き渡して正式に降伏して帰ってきたのですから。しかも会う人は皆民主主義者・平和主義者なのです。変わり身の早さにはこれまた驚きです。誰もが戦争はいやだ絶対してはならないと語り、新憲法が発表された時は第9条に全てと言っていいほど人々は賛成喜んだものです。

 戦没者は日本人だけでも約3百万、最後の1年間で約2百万です。被害を与えた外国の方は数え切れず推定約8・9千万です。私達はこれらの事を注視し忘れてはなりません。

 「彼らは剣を打ち直して鋤とし槍を打ち直して鎌とする。国は国に向って剣を上げずもはや戦うことを学ばない」二4.東久邇総理がこの趣旨の内閣声明を出した時は国民上げて歓迎しました。しかるに戦争を知らない指導者・国民が憲法を変えて戦争のできる国にしようとしています。私はあの苦しみを若い人々に味わって欲しくないのです。4節は続けて「ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう」と勧めます。

 イスラエル王国とユダ王国はメソポタミアとエジプトの二大文化圏の中間に位置し両国の勢力関係によって、1)アッシリヤにつくか。2)エジプトにつくか。3)隣国と同盟するか。4)中立政策を採るか。の何れか選ばねばなりませんでした。アハズ王はアッシリヤへの従属関係をとろうとし。ヒゼキヤ王はエジプトやアラムとの同盟策をとろうとしました。イザヤの主張は政治的理由でなく神学的基盤に立っていて、絶対中立政策を採りました。2章全体にそれが述べられ締めくくりに22節「人間に頼るのをやめよ鼻で息をいるだけの者に。どこに彼の値打ちがあるのか」と述べました。

 6節「あなたは御自分の民、ヤコブの家を捨てられた。この民がペリシテ人のように・・・・異国の子らと手を結んだからだ・・・・この国は軍馬に満たされ戦車には限りがない」。かれたちが4・5「主は国々の争いを裁き、多くに民を戒められる」。彼らは頼りにしている武器を、平和のため生活を豊かにするためそれらを作り変えなければなりません。

 日本は平和憲法を楯にして68年間戦争をしませんでした。一人も戦死者を出しませんでした。世界で稀有な存在です。世界の憲法学者がやがて同じものを各国が持つことを願うと宣言しています。今こそ日本が率先して、日本国憲法を世界の文化遺産にする時ではないでしょうか。

【ヨベルの年解放のおきて】 レビ記25章1〜18節

2013年8月4日

 イエス様の時代は、聖書といえばモーセ五書を指していました。モーセ五書全体の中心主題は”イスラエルを国々の中から選び出して、神が与えられた地で、神のご用と神の律法へと聖別する事“です。ユダヤの子供は、モーセ五書を学ぶ際最初にレビ記を学ぶが、それは”子供は汚れていないし、供物も聖いものです。それ故に汚れのない者に先ず聖いものレビ記を受けさせ”神礼拝の原理を教えています。

 出エジプト記で神が命じられたようにモーセは幕屋を立て至聖所に十戒の箱を安置しました。レビ記ではその幕屋での犠牲について、またアロンたち祭司の働きが述べられます。先ず第一部1章〜10章。礼拝の手段として、1)ささげ物について、2)祭司と聖所の聖別。第二部礼拝者11章〜27章。1)汚れの除去、2)聖潔の保持、3)時の聖別、4)祝福か刑罰か、5)誓願のささげ物について述べられます。

 モーセが告げる神様のおきては十戒と細則ですが、民はそれを守り得ないので、それを犯した罪科を許していただくため、牛や羊などの命を犠牲として祭司の手を通してささげたのです。特に一年に一回、大祭司が国民全体の罪の許しのため犠牲の血を携えて至聖所に入った。ヘブル人の筆者は大祭司イエス様が御自分の犠牲の血を携えて詩聖所に入られて私達の代償となられたと述べています(イエス様が十字架の上で叫ばれ時神殿の至聖所の隔ての幕が真ん中から裂けて誰でも主を信じるものは神様の前に立てるようになった)

  エルサレムの神殿は、第一の神殿は紀元前950年頃ソロモンによって立てられBC586年にバビロン軍によって打ち壊されました。第二の神殿はその約70年後のBC538年にクロス王がエルサレムに神殿を再建することを許可した。それは紀元70年にローマ軍によって破壊された。第三の神殿は全てのユダヤ人にとっては今も切なる祈りです。それは彼達にとってメシヤ来臨の知らせでもあります。

 神殿の存在理由の第一は神と民との契約の象徴の主の契約の箱を安置するため、第二は民が神に、いけにえと祈りや感謝をもって礼拝を捧げるためでした。

 会堂(シナゴーグ)の起源は捕囚中に発達した会堂礼拝にあります、安息日毎に預言者・長老の家に集まって、神様の言葉の朗読と解釈が行われ帰還後も集会は続けられた。会堂の働きは動物のいけにえや儀式の代わりに、祈りと聖書朗読と教えが礼拝の中心になった事です。第二に会堂礼拝は、特別な聖所・神殿のみではなく何処でも礼拝が出来る事です。第三に会堂は全会衆が参与できいつでも礼拝が出来るようになったのです。そして会堂が神殿に代わってユダヤ人の礼拝の中心となり、ユダヤ教の霊化、個人化、内面化となり、キリスト教・イスラム教にも影響を与えました。

 モーセ五書に記されている十戒や細則は当時の人々には実行不可能なことが多く、その罪よりの救いとして、また感謝としてのささげ物には、動物の場合は、雄牛、羊(雌雄)山羊(雌雄)家鳩、山鳩があり、その他葡萄酒、乳香、穀物がありました。それらを祭司が焼き尽くす犠牲・和解・罪・罪過の赦しを求めるなどを宥めのささげ物としました。

 注目すべきものとして、弱者に対する掟です。それは25章の安息の年とヨベルの年です。稲は水を張るせいでしょうが連作が出来ますが、肥料の観念がなかった時代には休耕の年を必要としましたそれが安息の年です。「七を七倍した年の第七の月の十日の贖罪日に、雄羊の角笛を吹き鳴らして50年目の年を聖別し全住民に解放の宣言をするそれがヨベルの年である」10節。ヨベルの年にはおのおのその所有地の返却を受ける。城壁で囲まれた家屋は例外です。

 35〜43節「貧しい同胞に金や食料を貸す場合利子や利息を取ってはならない。また貧しく、あなたに身売りしたならば、その人を奴隷として働かせてはならない。雇い人か滞在者として共に住まわせヨベルの年まであなたのもとで働かせよ。その時が来れば、その人もその子供も、あなたのもとを離れて、家族のもとに帰り、先祖伝来の所有地の返却を受けることが出来る。エジプトの国から私が導き出した者は皆、私の奴隷である。彼らは奴隷として売られてはならない。あなたは彼らを過酷に踏みにじってはならない。あなたの神を畏れなさい」この様なヨベルの年の掟は神様の愛のお心を表したものです。他に見ることの出来ない掟です。

 

【アーメン主イエスよ来り給え】 黙示録22章6節〜21節

2013年7月21日

 22章は、御使いの言葉6〜11節、キリストの言葉12〜16節、御霊と花嫁(教会)の言葉17節、ヨハネの言葉18〜21節に大別されます。三つの区分に『見よ私は来る』を見ます(7・12・20節)その御言葉に対する応答として。御霊と花嫁なる教会とが、「来て下さい、アラム語 マラナ・タ」と言う。この書の言葉を聞く者(教会に所属する者)も「来て下さい」と言います。17節

  天使はヨハネに語りかけ神の啓示を示します。今まで述べてきた黙示録の言葉は信ずべきものであり、真実なのです。神が預言者達(ヨハネを含む)を、霊感し、幻を示されたのです。そして主は天使を送って、すぐにも起こるはずの事を御自分の僕に示されました。これは黙示録の主題と目的を示されたものです。これらのことがすぐ起こるのではなく最初の部分がすぐ起こるのです。主は『私はすぐに来る』当時迫害の中にいたキリスト者はこのみ使いが主の言葉『すぐに来るエルコマイ タクερχομα ταχυ』はキリストの再臨が近づいていることは慰めと同時に、不正などを行う者たちに対する警告でもあります。

 キリストのお言葉の最初に『見よ、私はすぐに来る。私は報いを携えて来て、それぞれの行ない応じて報いる。』主が再臨なさる時、それぞれにふさわしい報いを携えてこられるのです。14節七つ目の祝福の言葉、自分の着物を洗い清められた人のみが都の門をくぐり命の木の実をいただくことができる幸いを受けます。七14「彼らは大きな苦難を通って来た者その衣を子羊(主キリスト)の血で洗って白くしたのである。(十字架の血によって聖められた者)」この祝福に与る者に対して・・・

 都に入れない者を列挙します。15節犬のような者(人に嫌われる存在)、魔術を使う者、みだらなことをする者、人を殺す者、偶像を拝む者、すべて偽りを好み(サタンの性質)、また行う者は都の外におかれる。ダビデのひこばえ、その一族、輝く明けの明星(やがて来る朝・キリストが神の日が来ることを予告する明けの明星です)である私イエスが御使いを遣わし、諸教会の為に以上のことをあかしされるのです。

 17節預言者を通して語られる御霊と花嫁なる教会とが声を合わせて『見よ、私はすぐに来る』といわれる主のみ言葉応答します。この主の言葉を聞く耳を持っている者・終末を期待している聖徒も同じく叫び、子羊(主イエス)と花嫁(教会)の婚姻の来るのを待っています。まだ救われていない人は、イエス様のみもとに来て命の水を飲み救いを受けなければならない。そして始めてキリストに対して、「来てください」と主の再臨を待ち望むようになります。キリストは求める者に対し、命の水を無償でくださいます。

 18節以下はヨハネが神によって啓示された預言であるので、これに妄りに付け加えることは許されない。神の啓示は完全ですのでこれに付け加えようとする者は、 神の啓示を不完全とする故に、神はそのような者を裁き、災害を与えられます。この書から取り除く者も、神の完全性を否定する者であるから、神の国の祝福は与えられない。これはこの書に対する警告のみではなく、聖書全体に対するものでもあります。

 以上すべてを証しする方イエス様が言われる『然りナイναι英語yes,私はすぐに来る(きつつある)』Αμηνアーメンは、主の言われたことに同意し、そう確信し「主イエスよ、来てください」〔イエス様が通常使われたアラム語では「マラナ・タ」〕とキリスト者は再臨を期待して叫ぶのです。ヨハネはすべてのキリスト者に神の祝福があるようにと祈りアーメンといって黙示録と聖書66巻を閉じました。

 

【信仰によって建てられた元住吉教会教会堂】 創世記12章1〜9節

2013年7月7日

 1954年10月に、林異来牧師が台湾伝道の準備が出来たとの事で帰国することになり、遠藤善教兄弟の靴屋の二階(職人の宿直室)三畳と板間の四畳半部屋で行われていた家庭集会を私が代わって担当する事になりました。翌月から元パチンコ店を借りて、伝道所として開拓伝道を始めました。初期の礼拝は2家族(遠藤、深佐)その他3・4名でした。翌年の5月には8名が多摩川で受洗。中田甫弘兄を中心とした青年達の路傍伝道・教会学校の奉仕が強力に行われました。

 礼拝人員も増えたので会堂をと祈り始めました。アブラハムは神の示す地に故郷を離れました。私達は55年11月に現在地23坪を購入、福音十字軍の不使用になった天幕を頂き天幕教会を開始しました。冬の寒さに堪えきれず、天幕の真ん中に囲炉裏のように掘り下げ、各自が持ち寄った木っ端や燃えるものを燃し目をしょぼつかせつつ暖を取りましたが、雪が降ると天幕はつぶれ、雨が降ると破れたところの雨漏り、前は田んぼであった床は長靴が必要であると言う有様でした。労災病院の建築現場から出た昔の川砂を青年達が運び解決できましたが。屋根が欲しいと会堂を一同求めました。

 土地の時も今度の会堂を求める時にも、ヘブル11章1節「さて、信仰とは、望んでいる事柄を確信し、まだ見ていない事実を確認することである。」2節「昔の人たちは、この信仰の故に賞賛された」が与えられていましたが、前回は日にちが限られていたのであと13万与えて下さいと祈りました、ぎりぎりの日に与えられて感謝しました。

 今回はバラック建てですが。礼拝堂9坪、二階、6畳と8畳の二間、お勝手全部で65万です。私達の手持ちはゼロです。私達は建築のため知恵が与えられ、何をなすべきかと祈り始めました。学生の一人は学費と生活費に使えと送られてきたバイト(旋盤や平削り盤で金属切削りに用いる刃物)から利益を出してそれをささげる者、喫茶店で息抜きする費用など無駄を省いてささげるなどとそれぞれに工夫し始めました。私は勉強を見たり、英語・ピアノを教える回数を増やして今までは伝道費や交通費に使っていたものを見直していた時、学生時代2年同室だった友人が尋ねてきて「学生時代はいろいろ厄介をかけた。お前は今よい働きをしているそうだが俺は世のため何もしていない。金儲け仕事ばかりしていた。何かお前の働きの加勢をしたい。何か出来ることはないか」私は驚きました。考えてもいなかった申し出に。「必ず返すから会堂をたてる費用65万用立ててくれないか」「承知した返せる時に返せばよいからムリはするな」と言う事で個人的に借用して、7月に契約し建築に入りました。年内に65万与えられましたので友人に返すことが出来ました。

 増築2回、そしてバラック分解、現在の本建築と個人的には借財しましたが、教会は一回も借金はしませんでした。それはヘブル書11章1節を教会が実践しなければ証にならないと思ったからです。教会の月間証し集「はこぶね」2・3拾頁の表紙に天幕時代に書いた正面図がありましたが今の姿そのもので驚きました。私達の信じていた通りに神様は建てて下さいました。

 私は今でも教会の前に立って、十字架を仰ぎ見るたびに、信仰によって先輩方の歩んだ道を辿ってゆかなければと、心に言い聞かせます。

 

【神のなさる事はその時に適って美しい】 伝道の書(コレヘトの言葉)3章1〜15節

2013年6月30日

 コヘレト(伝道者)の目的は彼の豊富な経験・知識すべてを吟味し,天が下の目標、神の祝福を求めての時は、むなしさしか残らない、人生で最もよい事は生涯、神を恐れ・神の命令を守ることであるとしています。

 11節「神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、神のなされる業を初めから終わりまで見極めることはできない。」神のなされることは、永遠を思う思いで見なければならないことを知った時に、私の人生観が変わりました。「天が下のすべての事には季節(クロノス)があり、すべての業には時(カイロス)がある。」クロノスは一年中であることを行うために定められた暦の時期です。

 冒頭に人生の最も重要な出来事「生まれて・死ぬるに時あり」誕生し死亡することは人間の意志と努力によってもいかんともしがたい事なのです。人間の農業の営みも時が定まっています。3節 人が計画的に他人を殺すのも、また他人の命を救い癒すのにも、人の理解を超えたところで定まった時があると言います。生き死にと言うことのみでなく、毎日の生活の場である建物も壊すにまた建てるに時があるのです。4節 情緒的な喜怒哀楽の中にも定まった時があり、葬式の悲しみ、結婚式の喜びを表すにも時があります。

 5節 石を投げ、石を集める時を読んだ時、サムエル記上17章少年ダビデと巨人ゴリアテとの対決を思い出しました。ペリシテ人(海の向こうから来た人の意、エーゲ海のクレタ島から)ゴリアテが彼達の中から40日朝夕出てきてイスラエル人たちの前に立って挑戦してきた。イスラエル人はその人を見て非常に恐れた。少年ダビデがその挑戦をうけてたった。ダビデはソウルの鎧冑は大き過ぎたのでそれを投げ捨て、杖を取り、谷間から滑らかな石5個を選び羊飼いの袋に入れ、石投紐を執ってゴリアテに向い、ダビデは45節「・・・私は万軍の主の名、イスラエル軍の神の名によって、お前に立ち向かう。・・・・主は救いを施すのに剣と槍を用いられないことを知るであろう・・・」と言って石投紐で石を投げた。石は彼の額に突き入り、彼は倒れた。かくしてイスラエルは大勝を得た。愛児園の子供達はこの物語が大好きでこの話を何回も要求し終わると、雄雄しくあれを強くあれを合唱しました。後半は男女の抱擁のときを述べます。

 7節 悲しみの印として、着ている衣類を裂き悲しみの時が去ると再び縫い合わせる。後半は悲哀の中での沈黙、喜びの印としてのおしゃべりを意味します。8節 一人一人 が愛し、そして憎むに時がある。そのように、国と国が戦いまた和睦するに時がある。

 9節 個人にしても団体にしてもすべての営みは、個人・団体の意志を超えたところで、既に定められたことを行っているに過ぎない。それで、労するに何の益を得ようか。10節 主が与えたつらい仕事人間の知恵をもってその意義を求め解明しようとしても、それは神様が人の子らが苦労するようにと与えられた辛い仕事であるので人間の知恵を持って明らかにしようとすることは労苦のみあるのです。

 11節「神のなされることは皆その時に適って美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされる業を初めから終わりまで見極めることは出来ない。」神様は人間の営みのすべてをその御旨のままに定められた。神様は人間の心にただ日々の出来事の認識のみでなく、永遠を思う思いを与えられた。しかし人の心の思いには限りがあるので「神のなされる業を初めから終わりまで見極めることは出来ない。」神様は人に理性を与えられたが、すべての神様の御旨を理解する力はお与えにならなかった.ただ人は永遠を思う思いで神様の業に近づくことが出来るのみです。

 

【悲しみが喜びに変わる】 ヨハネ十六章16〜24節

2013年6月16日

 夕方私が在宅している時毎日信子から電話がありました。涙もろくなったせいでしょうか、今でも夕方になると思い出して涙が浮かんでくる情けなさです。そのような時12日片平兄弟姉妹に元気なお子さんが誕生したとの知らせに喜びを頂き感謝でした。

 ヨハネ十四章〜十六章の主イエス様の遺言的最後の説教は『あなた方は、心を騒がせないがよい。神を信じ、また私を信じなさい。・・・』で始まり、十三章33子供達よと呼びかけられている未熟な弟子達は、イエス様が去って行くと言われることが死を意味しているとは受け取っていません。

 36ペテロがイエス様に言った「主よ、どこへおいでになるのですか」イエス様は答えられた。『あなたは私の行くところに、今ついて来る事は出来ない。しかし、後になってから、ついて来ることになろう』ペテロは主に言った「何故今ついて行く事ができないのですか。あなたのためには、命を捨てます」イエス様は答えられた『・・・鶏が鳴く前に、あなたは私を三度知らないと言うであろう』それらの会話から心を騒がせないがよいと、言われたのです。すべての弟子はイエス様のために殉教するように召されているかどうかは別として、それぞれの立場、境遇によって、やがて主の行かれるところで主に従うことになります。私達は死を通って主に従うのです。ガラテヤ二章19〜20です。

 十四章18『私はあなた方を捨てて孤児とはしない。・・・』16『・・・父は別に助け主(パラクレイトス慰め主)を送って、いつまでもあなた方と共におらせて下さるであろう。それが真理の御霊である』真理の御霊が来る時には私達は真理を知ることが出来ます。十六章7『・・私が去って行くことは、あなた方の益になるのだ。私が去って行かなければ、あなた方のところに助け主は来ないであろう。もし行けば、それをあなた方に遣わそう』主イエス様が父のもとに行かれると20『・・あなた方は泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなた方は悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。女が子供を産む時苦しむものだ。しかし子供が生まれると、一人の人間が世にうまれ出た喜びのために、もはやその苦痛を思い出さない』信子が労災で出産した時、孫に会うため訪れました。新生児室のガラス越しに。十人ほどいる子達を指してどの子かわかるかと言うので、一番可愛い子をあの子だと言うと、どう可愛いでしょうと嬉しそうに言うのに私も嬉しくなりました。苦痛も喜びに変わり自慢になったのです。

 22『ところで、今はあなた方も、悲しんでいる、しかし、私は再びあなた方と会い、あなた方は心から喜ぶことになる。その喜びをあなた方から奪い去る者はいない』イエス様の復活がもたらす喜びです。今まではイエス様の名によって祈りませんでしたが、主は父のもとに戻り神の右に座され、イエス様の名によって祈る祈りを御自分のご経験によってとりなしをして下さいます。23〜24『・・・あなた方が私の名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。今までは、あなた方は私の名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなた方は喜びに満たされる』私たちが主の名によって祈り、主に執り成しをしていただくならば、私達も執り成しの祈りをしなければなりません。

 

【主が送られる聖霊】 ヨハネ十六章1〜15節

2013年6月2日

 弟子達には3年半の愛された事実があります。主イエス様と一緒に生活した経験は彼らの心身に刻印されていました。裏切り者を出した弟子集団に、世を去った後のご自身の仕事を無条件で委任して下さった主の愛が私にも身に沁みます。

 弟子達の足を洗われ十三14〜15、『主であり、師である私があなた方の足を洗ったのだから、あなた方も互いに足を洗い合わなければならない。私があなた方にした通りに、あなた方にもするようにと、模範を示したのである』そして34〜35『あなた方に新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。私があなた方を愛したように、あなた方も互いに愛し合いなさい。・・・・あなた方が私の弟子であることを、皆が知るようになる』と言われました。

 十四章〜十六章弟子たちに対する告別説教(遺言)十七章イエス様の最後のお祈り(弟子達への執り成しのお祈り)が述べられます。

 告別説教にはいくつかの約束がありますが、その一つはご自身が父のもとに帰られると代わりに別の助け主である弁護者(パラクレイトスπαρακλητοσ慰め主)を遣わすと十四26・十五26・十六7〜15真理の御霊聖霊のことを約束、その働きを何回も述べられています。

 この十四26『私の名によってお遣わしになる聖霊パラクレイトスが、あなた方にすべてのことを教え、私が話したことをことごとく思い起こさせて下さる。・・・・』

 十五26『私が父のもとからあなた方に遣わそうとしている弁護者、即ち、父のもとから出る真理の霊が来る時、その方が私について証をなさるはずである。・・・』そして十六1〜15に聖霊の働きを述べられます。7〜13『私が去って行かなければ弁護者はあなた方の所に来ないからである。その方が来れば、罪について義について、また、裁きについて、世の誤りを明らかにする。・・・・・その方、即ち、真理の霊が来ると、あなた方を導いて真理をことごとく悟らせる。・・・」神の御言葉は人間の知恵や経験では知りえない真理です。聖霊の導きがなければ自分のものにはできません。

 16『しばらくすると、あなた方はもう私を見なくなるが、またしばらくすると、私を見るようになる』20『あなた方は泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなた方は悲しむが、その悲しみは喜びに変わる・・・・・・』22『今はあなた方も、悲しんでいる。しかし私は再びあなた方に会い、あなた方は心から喜ぶことになる。その喜びをあなた方から奪い去る者はいない・・・・・』23〜24悲しみが喜びに変わる秘訣は『あなた方が私の名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。今までは、あなた方は私の名によっては何も願わなかった願いなさい。そうすれば与えられあなた方は喜びに満たされる』この御言葉を私達は信じて主の名前で祈るのです。

 使徒一2〜4主は十字架の贖いを終えて3日目に甦りご自分が生きていることを40日にわたって弟子達に現わされ、神の国について話された。そして彼らと食事を共にしていた時、こう命じられた『エルサレムを離れず、前に私から聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなた方は間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである』彼達は主のご命令を守った。

 10日後の5旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、約束の通りに全員に聖霊が降った。彼達はそのとき今まで知らなかった真理を知りました。ユダヤ人を恐れ鍵をかけて部屋にこもっていた彼達は、外に出て霊が語らせるままに、外の国々の言葉で話し始めた。(いわゆる異言とは違います)

 使徒2章にペテロが聖霊の導きで語った聖書は。二36「だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなた方が十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、メシヤとなさったのです」弟子達は約束の聖霊をいただいて真理を知り主の言われたとおりに証人となりました。私達も聖霊を受けたとき真理を知り御言葉を教えられ主の証人になれます。

【私達は互いの足を洗いあうべきです】 ヨハネ13章1〜20節

2013年5月19日

 人間と言う生物は必ず死にます。人にはその死が何時だか知りません。しかし主はこの世を去って父の御もとに行くべき時が来た事を知られて、弟子たちを最後まで愛され彼たちの足を洗い始め、手ぬぐいで拭き始められた。それは最後の晩餐の中での告別説教(遺言)の開幕を示す愛の手本です。ローマ法王が世界中から集めた貧しい人々の足を金のたらいで洗う行事とはかけ離れたものです。主イエス様の謙遜を示すと解釈する人がいますが、イザヤの預言する主の僕。神が人の子となられた愛を語ったのです。主の死に与るバプテスマがこの洗足に現れているのです。

 上着を脱ぎ(脱ぎ捨てられ)それはご自分の命を投げ捨てられる象徴でもあります。奴隷の姿になられ手ぬぐいを腰に巻き、たらいに水を満たして弟子たちの足を洗い始められた。おそらく筆頭のペテロから始めようとされたが恐縮して固辞したので彼は最後になったのでしょう。ギリシを見ますと8節の足を洗うはヌウフオーになっていますが、14節では『私が、あなた方の足を洗ったからには』エゴ・ヌウファと私が、あなた方の足を洗うと、を強調されています。

 洗足の直前に弟子達は誰が一番えらいだろうかと議論をしています。その時主は『・・指導する人は仕える者のようになりなさい。・・・私はあなた方の中で、いわば給仕する者である。』ルカ二二26・27給仕する者とされる者について語られているが、洗足とは直接に結びついてはいない。ところで主がヨハネ十三14『主であり、師である私があなた方の足を洗ったのだから、あなた方も互いに足を洗い合わなければならない。私がした通りに、あなた方もするようにと、模範(手本)を示したのである・・・・』洗足の業は主の謙遜ではなく、主の愛から行われたことを知る事が出来ます。

 洗足時に語られた事が、主の新しい掟としてとして与えられました。34節『互いに愛し合いなさい。私があなた方を愛したように、あなた方も互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなた方が私の弟子であることを、皆が知るようになる』これらの出来事主の言葉が十四章〜十六章の告別説教・遺言となったのです。が、その時、弟子達はそのことに気づいてはおりません。遺言に有るように聖霊が彼たちに真理を示した時、初めて主のみ言葉の意味、主の愛、十字架の救い、恵の数々を知り、また信じることが出来ました。

 主は復活なさり使徒一3〜5と約束なさいました。その約束が二1〜4で実現されました。創11章バベルの塔を建設しようとした人間共の言葉を乱され主は民を全地に散らされたが、聖霊によって弟子達は、外の言葉・各国の言葉で証しを始めた。今まではユダヤ人を恐れて部屋に影をかけていた弟子達は外に出て神殿で、あなた方が十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシヤとなさったのです。と聖書を通して各国語で話した。人人はこれらの言葉を聞いて、ペテロと外の弟子達に「兄弟達、私達はどうしたらよいのですか」と言った。

 するとペテロは彼らに言った「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦して頂きなさい。そうすれば賜物として聖霊を受けます。

 ●・・・私達の神である主が招いて下さる者なら誰にでも、与えられているものです」。その日に洗礼を受け、3千人ほどが仲間に加わった。彼らは,使徒の教え、相互の交わり、パンを裂く事、祈ることに熱心であった。救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである。この様にしてペンテコステの日に始めてエルサレムに主の体である教会が短銃しました。

 ● 聖霊の賜物は先ず誰にでも与えられるのは聖めです。それは愛の形として働き始めます。主がお互いの足を洗い合いなさいと模範をお示しになったことが生きてくるのです。キリスト者は神様のお言葉を知っています。注意しないと自分に適用しないで隣人の欠点を見て裁き勝ちです。お互いの欠点を見て隣人のためにとりなしの祈りをなし助け合う必要を、主は僕が足を洗う事でお示しになったのです。私たちキリスト者は皆主の僕です。僕同士が足を洗い合うところに教会があります。

【主イエス様に従うには】 ルカ9章18節〜27節

2013年5月5日

 14才の頃です『人もし我に従い来たらんと思わば、己を捨て、日々おのが十字架を負いて我に従へ。己がいのちを救わんと思う者はこれを失い、我が為に己が生命を失うその人はこれを救わん。人、全世界をもうくとも己を失い己を損せば、何の益あらんや』このみ言葉に接した時、非常な衝撃を受けました。

 時代の波はいやおうなく私達を飲み込んで行きました。中国戦線は拡大し、ABCD包囲網(A米、Bブリテン英、C中国、Dオランダ)が形成されつつあり、石油や食料等の輸入も細り 戦争の危機感が迫り、その状況の中で与えられた御言葉でした。野心に燃え青春を謳歌したい気持ちを抑えざるを得ないときの流れでした。

 そのような時、自分を捨てよと主は言われる。自分の肉体・野心・愛着心などを無価値なものとして捨てよと。軍国主義の愛国心と二重写しのように信仰の世界と現人神の天皇のために命を捨てよ が迫ってきた感じでした。勿論両者の違いは承知してはいましたが、現実の厳しさを毎日経験するうちに、命とは、それを失うとは等考えさせられ、十字架の意味も分かってきました。

 イエス様がキリスト・救い主であることを、22節『・・・十字架で殺され三日目に復活することになっている』と言われた。そして続けて23・24節と言われました。キリストに従う弟子たちである私達にとっても、十字架を負うことは義務です。多くの人々が言う自分の十字架と言う時は重い荷物のような問題・病・貧窮などを指していますが、そのような軽い意味ではありません。自分の罪故に処刑される十字架を負ってゴルゴダの処刑場に歩むのです。その十字架を主が身代わりとして受けてくださり、復活の恵みに私達も与るのです。

 ガラテヤ2章19・20節「私はキリストと共に十字架につけられています。生きているのは、もはや私ではありません。キリストが私の内に生きておられるのです。私が今、肉において生きているのは、私を愛し、私の為に身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。私は、神の恵みを無にはしません」十字架をおいて従うとは私の罪の贖いをなされたその十字架を負い、中途半端な信仰ではなく十字架に死にキリストと共に復活し全く新しい人として毎日を送る事です。

 ルカは主の命令を述べます。『捨てよ』『負え』『したがえ』の三つです。『自分を捨て』とは自己訓練の鍛錬、禁欲修行で自己の義を立てる事ではなく、すっかり自分を明け渡し神の命令のままに進む事で、そして行ないではなく恵みによって神の義をいただく事です。『自分の十字架を負いて』は自分で好きで選んだ道ではなく、主が負えと命じられたことを責任回避せずに日々取り組む事です。それは規格的・画一的でなく一人ひとり重さも形も違ったものです。『私に従って来なさい』苦難の生涯をわが道を行くのではなく、主キリストを第一として完全な服従をすることです。

 信子が召され主にすべてをお委ねしましたが、私はこのことを通して主の復活を強く感じ主が共にいてくださることを今まで以上に体験しました。寂しく悲しい事ですが、再臨の主の前で復活した信子や親しかった方々とお会いできることを信仰的に深く知りました。そのことを通して前記の二つのみ言葉を改めて体験しました。それでますます主と共にある生活をなさねばと思っています。

【十字架上の主のみ言葉】 ルカ23章26節

2013年4月21日

 32年前の5月8日午前9時、妻の好恵が召される時意識が薄れつつあった時、「お父様」と呟きその後何か言っていましたが聞き取れず。肩で息を始めました。医師が到着手当てをしたが呼吸停止し、死去しました。それ以来私は人間の最後の言葉に関心を持って集め始めました。

 聖書には、主イエス様の人間としての最後のお言葉が十字架上で七つ述べられています。そのみ言葉の前後を挟むように、祭司長達に銀貨三十枚で主を売り渡したイスカリオテのユダ、と、新約最初の殉教者ステパノの死に望んでの言葉があります。

 マタイ27章3節〜5節イエスを裏切ったユダはイエスに有罪の判決が下ったのを知って後悔し、銀貨三十枚を・・返そうとして、「私は罪のない人の血を売り渡し、罪を犯しました」と言った。しかし彼らは「我々の知ったことではない。お前の問題だ」そこでユダは銀貨を神殿に投げ込んで立ち去り、首をつって死んだ。

 ステパノは使徒言行録7章1節〜53節、イエス様こそメシヤであると旧約から説明断言したため、人人は彼を都の外に引き出して石を投げ始めた。彼は「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言った。人々が石を投げつけている間、主に呼びかけて「主イエスよ、私の霊をお受けてください」ひざまずいて、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と大声で叫んだ。ステパノはこう言って、眠りについた。彼は敵を愛し、迫害する者のために祈れとの主のご命令に従いました。

 十字架上の主のお言葉は神の愛の実践が凝集され、執り成しのお祈り、地上にお出でになったご使命を成就された宣言でもあります。第一のお言葉は、ルカ23章24節犯罪人が両側に共に十字架につけられた。議員達は「他人を救ったのだ。もし神からのメシヤで、選ばれたのなら、自分を救うがよい」とあざ笑い兵士達の侮辱の中で主は苦い杯の最後の一滴まで飲み干すようにと神から命令されても決して父なる神への信頼と服従を失うことなく。『父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです』と執り成しのお祈りをなされました。

 第二続いてルカは犯罪人の一人がお前はメシヤでないかとイエスをののしったが、たの一人は主を弁護し「イエスよ、あなたのみ国においでなるときには私を思い出してください」と言った。イエスは『ハッキリ言っておくが、あなたは今日私と一緒に楽園にいる』と言われた。

 第三はヨハネ19章26節母と愛する弟子を見て、『婦人よγυναιグナイlady御覧なさい。あなたの子(息子)です』弟子に『あなたの母です』そのときからイエスの母を自分の家に引き取った。

 第四はマルコ18章33〜39節全地が暗くなり三時にイエスは大声で『エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ』これは『わが神、わが神、何故私をお見捨てになったのですか』(詩篇22篇1節)と言う意味です。主は私達の身代わりとして経験し叫ばれたのです。

 第五ヨハネ19章『渇くδυφωスフオ』詩篇42篇3節。神を求めての渇きです。私の叫びです。

 第六ヨハネ19章30『成し遂げられたτετελεσταιテテレスタイ

 主は十字架の上で『父よあなたが御旨によって命じられた使命を、今確かに終了、成就しました』。報告復命されたのです。

 第七ルカ23章46イエスは大声で叫んで『父よ、私の霊をみ手委ねます』と言われて、息を引き取られた。百人隊長はこの出来事を見て、「本当に、この人は正しい人だった」と言って、神を讃美した。

 『御心を成し給え』のご生涯は『父よ、私の霊をお委ねます』で終わりましたが神のみ旨、人類の救いは成就されました。十字架上のみ言葉については機会を見て取り上げます。

 

【見ないのに信じる人は幸いである】 ヨハネ20章19節〜29節

2013年4月7日

 70年前ごろ、主日説教で、水口牧師がコリント前15章から主イエス様の復活についてお語りになりました。私は疑問を残すことの出来ない性質ですので復活を目に出来た弟子たちは幸いですね、私には納得できない出来事です。3節私達のため十字架で死なれた事は分かりますけれどもと言いましたところ,このヨハネの語るトマスのことに言及されました。

 その日、即ち週の初めの日の夕方、弟子達はユダヤ人を恐れて、自分達のいる家の戸に鍵をかけていた。そこにイエス様は、締め切った戸や壁にさえぎられず、突然入ってこられ彼らの真ん中に立ち『シャローム』と言われた。そう言って、手とわき腹とをお見せになった。主の復活の体は、人間として受肉され人間性を保たれた霊の体であって物理的空間にさえぎられず自由に行動されました。

 10人の弟子達の前に立たれた主は、釘跡の傷と刺されたわき腹をお見せになった。十字架の傷跡のあるイエス様の復活の体を見て彼達の悲しみは喜びに変えられた。主は、御自分の十字架の傷跡をお見せになる前後に繰り返して、『あなた方に平安があるように「シャローム」』と言われたそれは告別説教の14章27節弟子達に残すと約束された平和・平安のことです。

 次の主日弟子達の中にトマスが加わり他の弟子たちが婦人達に復活の主が現われ、ユダヤ人を恐れ戸に鍵をかけていたこの場所に主が現われたとトマスに告げた。実証主義者であり、現代の人のように、批判的・客観的にものを考えようとしたトマスは、自分が納得できるまでは、主の復活は信じられないというのです。ロダンはトマスのことを思いながら「考える人」を製作したと言われます。

 疑うことはよくありませんが、疑いを持ちながら誰にも相談せず自分の内にこもり、躓いたと去って行くことは良くありません。復活は自分で確かめないと信じられないと弟子達に疑問を投げかけたそのとき復活の主が皆の中に立たれ『シャローム』と挨拶され、トマスに『あなたの指を当てて、私の手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、私のわき腹に入れなさい。信じない者ではなく。信じる者になりなさい』25節でトマスが言ったことを主は言われたのです。トマスは答えて「私の主、私の神よ」と信仰告白した。それに『見ないのに信じる人は幸いだ』と主は言われた。

 トマスの疑問・私の疑問はどんな理論も優れた偉人の言葉も解決できませんでした。復活の主だけが解決して下さいます。トマスはイースターの主日礼拝にはいませんでしたが、次の主日の礼拝で復活の主にお会いして信仰告白が出来ました。私達が日曜日に礼拝するのは主の復活の記念日だからです。最初のイースターから約2千年間、キリストの弟子達、キリスト者は復活の主を覚え、主の臨在を確信することなしに主日礼拝を守ることはいたしませんでした。トマスの疑問点の出発は礼拝に欠席していたゆえです。現代でもトマスと同じように、主日礼拝に集わぬ人は復活の主に接することは出来ませんし信仰の力も希望も愛もいただけません。そしてやがて教会や兄弟姉妹方の交わりの中にある愛を疑い、聖書まで疑うようになります。

 次の主日礼拝にトマスは出席していました。鍵のかけられたひそかな十数名の集会でしたが復活の主から祝福を受けました。現在でも復活の主を記念する礼拝に集う者だけが誰にも解決できない恵みの力によって確信と希望を持つ者とされます。

【エマオでの復活の主と二人の弟子】 ルカ24章13節〜35節

2013年3月31日

 11月の初め頃でした。信子と祈り終わった時「お父さんのお祈りは願い事が多いね」と言われ、確かにその通りでした。教会の将来のこと、家族の病、経済問題など頭が一杯でした。そのときエマオ途上の弟子のことを思い出しました。彼達は自分達の関心ごとに夢中で、ともに歩まれ彼達の話を聞かれ聖書から解答を与えなさる主に気が付かなかった事です。私もその愚かさを信子に指摘され自分の不信仰の姿を見ました。

  二人の弟子はエルサレムでの主イエス様の復活について議論していたのですが、そこに復活の主が近寄り共に進まれ彼達の話は何なのかと問われると彼達は暗い顔をして立ち止まった。12節「ナザレのイエスの事です。この方は、神と民全体の前で、行ないにも言葉にも力のある預言者でした。・・・十字架につけてしまったのです。・・・婦人達は朝早く墓へ行きましたが遺体は見つからず。仲間の者が何人か行って見たのですがあの方は見当たりませんでした」と答えた。彼達の目は遮られていて目の前に立たれる方が主だとは分からなかったのです。そこで主は言われた25節『ああ、物分りが悪く、心が鈍く預言者の言ったことすべてを信じられない者たち、メシヤはこういう苦しみを受けて、栄光に入ったのではないか』そして、モーセとすべての預言者から始めて聖書全体にわたり御自分について書かれていることを説明されました。

 福音の中心は,十字架と復活ですが、二人は主の十字架の死に失望し、その復活の知らせを信じられないと論じ合っていたのです。主は彼達に聖書を通して真理を教えられました。エマオに到着したが旅人の主は先に進もうとされるので二人は29節無理に引きとめたのでお泊りになることとなり、食事の席につかれた。主がパンを取られ賛美の祈りを唱えパンを裂かれた時彼達の目が開かれ復活の主だと分かったが、その方は見えなくなった。32〜35節。彼達の第一の体験は話しておられるときお互いの心が燃えたと語り合った。キリスト体験は理性や学問や議論では経験できません。第二は30節です。聖餐に預かる時聖霊の助けにより、キリストと一体にされ、霊眼が開かれ真理を体験します。しかもこの経験は主を無理に引きとめたこと29節でおきています。

  主の復活についてコリント前15章。1節〜11節。キリストが、聖書に書いてある通り私達の罪のため死んだこと、葬られたこと、また聖書に書いてある通り三日目に復活して多くの人々に現われました。大部分は今なお生き残っています。12節キリストの復活がなかったのなら、死者の復活もないわけで弟子たちの宣教は無駄なものになるばかりか、神に反する儀証人と見なされます。なぜなら、もし、本当に死者が復活しないなら、復活しなかったはずのキリストを神が復活させたと言って、神に反する証をした事になるからです。死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです。・・あなた方の信仰はむなしく、・・・キリストを信じて眠りに付いた人は滅んでしまったわけです。20節。しかし、実祭、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。

 この様に復活祭はキリストの蘇りだけでなく、キリストにありて眠りについた人々の復活を先取りして祝う日でもあります。キリスト教のお祭りでイースターほど最大のものはありません。私たちキリスト者にとってはイエス様の前で愛する方々と再会できることをキリストによって保障された感謝の日でもあります。

【愛のまなざし】 ルカ22章54〜62節

2013年3月17日

 13日夜コンクラーベでフランシスコ1世を選出しました。カトリックによるとマタイ16章13〜20で、主は言われた『あなたはペテロ(岩)である。そして、私はこの岩の上に私の教会を建てよう。・・・』法王は12使徒の筆頭ペテロの後継者で、地上でのキリストの代理人としています。私はイエス様の問いかけ『それでは、あなた方は私を誰と言うか』シモン・ペテロが答えて言った、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」と信仰告白をした。主はお答えになり『・・あなたは幸いだ。・・・・・この岩の上に(ペテロの信仰告白)私の教会を建てる。・・・・』といわれた。誤解しないでください。

 ペテロにすぐ後で、主に『サタンよ、引き下がれ。私の邪魔をする者だ。あなたは神の事を思わないで、人のことを思っている。』とお叱りになり、ルカは22章34『ペテロよ、今日、鶏がが鳴くまでに、あなたは三度私を知らないというだろう』32節には『あなたの信仰が無くならないように、あなたのために祈った。それで、あなたが立ち直った時には、兄弟達を力づけてやりなさいと』と言われた。逮捕された主の後を54ペテロは遠くからついて行った。女中達3人にイエスの仲間だと言われ、3度これを否定3度目には呪いの言葉を口にしながら、「あなた方の言っているそんな人は知らない」と誓い始めたすると鶏が再び鳴いた。主は振り向いてペテロを見つめられた。そのまなざしは彼の裏切りを咎めるのではなく祈っているよとの愛のまなざしでした。彼は主のみ言葉を思い出して外に出て激しく泣いた。

 彼はゴルゴダの丘の十字架の側にも行けず。仲間と共にあの最後の晩餐をした部屋に鍵をかけて、主の死に胸を痛めているところに復活の主がお立ちになって世界宣教を命じられた。

 7人の弟子達がテベリヤの海辺で、ペテロが漁に行くというので他の6人も共に行こうと言って船に乗った。しかしその夜は何の獲物もなかった。ヨハネ21章4〜14節。イエスの言われるとおり船の右側に網を入れると魚があまり多くて引き上げることの出来ないほどであった。ヨハネがルカ5章にある主の言葉で大量の魚を得たときを思い出して、ペテロに「あれは主だ」と言った。ペテロは主であると聞いて、裸になっていたため、上着をまとって海に飛び込み誰よりも早く主に会おうとした。主のご命令で朝の食事のため魚を取りに行った。百五十三匹のもの大きな魚でいっぱいであった。主は『さあ、来て、朝の食事をしなさい』と言われパンを裂き魚も同じようにされた。復活後弟子達に現われたのはこれで3度目です。

 食後イエス様はペテロに話しかけられた。私は15節以下ギリシャ語の聖書を読んだとき身震いするほど感激しました。イエス様のペテロに対する細やかなお心遣いです。これは私のような小さい者にも同じように接せられたことを経験しました。15節『この人達以上にアガパスαγαπασ(神の犠牲の愛)メーμε私を』のイエス様問いにペテロは「私がフイローφιλω(兄弟愛)σεあなたを」二回目には主は同じ言葉で問いかけられる。ペテロは同じ返事です3回目主は『フィレス メー』を使われた。「主、あなたは何もかもご存じです。私があなたを愛してフィロー セエいるいることを、あなたはよく知っておられます。」イエスは言われた。『私の羊を飼いなさい。はっきり言っておく。アーメン、アーメン・・・・・』後存じの通りペテロはイエス様のご命令に従い死に至るまで兄弟姉妹に仕えました。三度知らないと主を拒否したペテロに三度愛すると答えさせなさって取り消されたこと、アガペと二度問われたがペテロはフィリアでしか答えられなかったが主は三度目にはフィリアで愛せるかと問われた。ペテロは悲しくなってフィリアでしか答えられなかった。主はペテロの心の動き真意を自覚させなさったのです。私はこの主の愛のまなざしが注がれていることを常に感じられ感謝しています。

【深佐信子姉妹告別式辞】 ヨハネの黙示録21章1〜4節

2013年3月10日

 深佐信子は2月17日0時30分神様の御許に召されました。式辞を述べます。黙示録21章1〜4節『私はまた、新しい天と新しい地を見た。最初の天と地は去って行き、もはや海もなくなった。更に私は、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意を整えて、(教会を指す)神のもとを離れ、天から下って来るのを見た。そのとき、私は玉座から語りかける大きな声を聞いた。』『見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとく拭い取って下さる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである』今や深佐信子はこの世の病苦しみなどすべてから開放されて、神と共にいて安らかに過ごしています。

 ヘブライ書12章には「私達はまた、この様に(11章に代表者が述べられる)おびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら、自分の定められている競争を忍耐強く走り抜こうではありませんか」信子はこの世において楽しいことも嬉しいことも多くの方と過ごしました。最後の十数年は次々と襲い来る病魔と忍耐強く戦い抜きました。辛く苦しかったでしょうが、不平不満を述べず周囲の人をかえって励ましていました。そして自分の走るべき人生の決勝点にいたり、神様からお褒めの冠を頂いただき、先輩達に囲まれ主イエス様の前で私達を応援しています。

 私たちキリスト者は主イエス様の前で親しい方々と再会できます。寂しいですけれども再会の希望をもてることが大きな慰めです。しばらくのお別れですが、やがて主イエス様の下で親しい方々と再会できますが、そのとき救いに与っていないとその場所に立つことはできません。今お互い救いの恵みに与り、その楽しいときを味わいたいものです。

 ご挨拶

 今ここに深佐信子が立ってお礼のご挨拶を申し上げる事が出来ませんので、私どもが代理として申し上げます。

 私の人生の あの時、あの場所において皆様に出会ったことは、私にとってどれほどの幸いであったかと思います。それは皆様方の愛とご厚情を身に余るほどいただけたからです。私はその中で皆様方のご親切にあまえ、人生を謳歌しエンジョイすることができました。

 また大好きな英語教育をする事が出来たと満足できたことも、皆様の導き、励ましとお力添えのたまものと十分に感じておりました。

 病魔が次々と襲って来ましたが、主イエス様の助けと皆様方の支えがあったので乗りきって来ることが出来ました。

 私は今主のみ前で安らかな憩いの中にあります。皆様方とはしばらくのお別れだと思います。長い間有難うございました。心から感謝してご挨拶に変えさせていただきます。(生前話していた事を簡略化しました)

 夫 柳田重幸
 娘 柳田真穂子
 父 深佐隆英
 姉 深佐直子

【十字架を無理に負わされたシモン】 マルコ15章20節〜41節

2013年3月3日

 ピラトは祭りごとに囚人を一人釈放していた。群衆の反乱を恐れ、彼達の要求によって暴徒バラバを釈放し、主キリストを十字架につけるため引き渡した。ローマでは囚人は自分の処刑される十字架の横木を処刑場に担いで行くことになっていた。それで主はゴルゴダ(されこうべ)へと向かわれたが、昨夜からの拷問裁判で疲れきっておられた主には共に担う人が必要でした、兵士は黒人シモンに目をつけムリに十字架を負わせた。

 恐らく死刑囚と共に十字架を担うことを強制された彼は憤懣やるかたない気持ちであったことでしょう。なおローマでは十字架刑は奴隷に執行されていた。かつて主は『私について来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、私に従いなさい。自分の命を救いたい者は、それを失うが、私のために命を失う者は、それを得る。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか』マタイ16章24〜26節。と言われた。

 主イエス様にしたがって共に十字架の横木を担った最初の人はクレネ人シモンでした。強制されたのではあったが人類最初の光栄に預かる事が出来たのです。彼の前をよろよろと歩かれるキリストの足跡をたどりながら、み姿を見ているうちに彼に変化が起こりました。囚人とともに歩まされ十字架を担わされていることに憤懣やるかたなしの気持ちも納まってきた時彼は気づきました。兵士に強制されたと思って腹立たしい心に新しい思いが満ちてきました。ムリに負わされたキリストの十字架は、実はシモンが負うべき十字架をキリストが負っていて下さっている事が分かったのです。それにキリストの十字架を共に担う、望んでも得られない光栄に預かっていることに気が付いたのです。

 そして主は十字架上での苦痛を和らげる没薬を混ぜたぶどう酒をお受けにならなかった。朦朧とした状態での十字架を拒否なさって、神様の与えられる苦しみをすべて味わわれるためであったこと思います。彼は十字架上の七つの聖言の第一に言われた『父よ、彼らをお許し下さい。自分が何をしているのか知らないのです』民衆や議員達があざ笑って言っている中での事です。「他人を救ったのだ。もし神からのメシヤで、選ばれた者なら、自分を救うがよい」十字架にかけられていた犯罪人の一人が、イエスをののしった。「おまえはメシヤではないか。自分自身と我々を救ってみろ。」これらの野次の中で、もう一人の言うことを聞かれて『はっきり行っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる』これらの聖言を聞き、十字架を担った光栄を感じたときに全く変わり、生涯イエス様の十字架を負って主に従う決心をしたのです。その事が二人の息子アレキサンデルとルモスは教会に中堅になりシモンの妻はパウロに母のように慕われ、シモンはアンテオケ教会の教師になっています。

 強制的に十字架を担わされた。そして主の足跡をたどったシモン、この様な主の恵みに一家が預かったとするならば、すすんで己が十字架を担って主に従えばいかほどの恵みに与るでしょうか。私は開拓伝道、会堂建設などの時、経済的に身動きが取れない感じになって時、シモンの強制された十字架を想い、祈りつつ乗り越えられた恵みを幸いであったと感謝しています。

 

【神を讃美しつつ帰った】 ルカ2章8〜20節

2013年2月24日

 17日から受難節に入りましたが、降誕節の大事な出来事を見てみたいと思います。

 10節天使は羊飼い達に言った。「恐れるな。私は、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなた方の為に救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたはたは、布に包まって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなた方へのしるしである」かれたち天使の讃美のうちに急いでいって乳飲み子を拝した道と、マタイ2章の述べる輝ける星に導かれて博士達が遠路を旅して、ひれ伏して幼子を拝した道の二つがあります。しかし何故イエス様のご誕生を知らせるのに、天使の告知と、星の輝きなどと違った方法を神様はとられになったのでしょう。

 人はそれぞれに、教育・習慣・伝統・趣味・職業・育ち等、すべて異なった背景を持っているものです。一人ひとりに与えられたことの反応が違います。うける側の人が異なれば救い主のご降誕を告げる神様の告知の仕方も変わりますし、それに対する反応も変わります。律法学者や祭司長達には預言者のミカを通してご降誕はベツレヘムと告げられ、それをヘロデと学者達は知りました。

 しかし告知を受け誕生の場所まで知ったのですが、それぞれに行動が違いました、神様は野で羊を飼う人人には天使をとおして感情に訴えられ、天文を研究する学者には輝く星を送られました。単純・率直・素朴な通常の人人には理解しやすい天使を送られ、人並み優れ、多くの才能を持った非凡な人たちには星を。前者が羊飼いの感情型、後者は理性型の学者です。この両者は主を礼拝する行動に移りましたが。メシアとしての神様の言葉を知り知らされても無関心な人たち、ヘロデのように乳飲み子を殺そうとまで計画する人、メシアのご来臨に達する多様な道を見る事が出来ます。

 エルサレム郊外にいた羊飼い達は近くの主のもとに駆けつけ、博士達は遠路はるばる幾山河を越えて行く先もハッキリせず、唯星に導かれ前進するのみです。

 信仰の世界においては理性型の人は博士達のように真理を求めキリストに至るには、単純素朴な人よりも遠い道を歩まねばならないのです。神様は各人の容量と基準に応じてご自身を啓示なさいます。そして私達の歩きなれた道で出会って下さいます。

 近い道遠い道を歩んでも主を礼拝した喜びは羊飼いにとっても、遠い道を旅した学者達も感謝を持って語り合ったことでしょう。羊飼い達は神様の福音に接した喜びを多くの人に伝えております。私達は礼拝を守った後,喜びに満ちて教会堂を出て行くことをしているでしょうか、理性的でなくとも愛に生きる者には天使が遣わされ、人生に客観的に証拠を求める者には、空に星が輝きました。それが反対でしたらすべてが無駄になり、キリストにお会いできなかったことでしょう。それでそこに止まっていてはなりません。

 キリストのご誕生は万人にかかわりがあります。羊飼いのような単純な群れにいるか、学識豊かな学者の群れにいるかを問わず。聖歌を好むか、星を求めるか無関係に、天使が告げ星の導く所、主キリストにまみえる事が最も大切な事です。そして喜びに満ちてもと来た道を通って帰路に着くのです。

【主の恵みの年に与る】 ルカ4章16節〜30節

2013年2月3日

 3章1節〜22節 神の言葉が荒れ野でザカリアの子ヨハネに降った。そこで、彼はヨルダン川沿いの地方一帯に行って、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。イエス様も洗礼を受けて祈っておられると、天が開け、聖霊が鳩のように目に見える姿でイエス様の上に降ってきた。すると「あなたは私の愛する子、私の心に適う者」という声が、天から聞こえた。

 ルカは公のご生活に入るに当ってイエス様の系図を述べます。マタイのそれはヨセフによる王の系列、ルカはマリヤ系(祭司)です。主は22節で神の子と宣言されていますが、人々はヨセフの子と思っていたと、しかもダビデ王やアブラハムの子どころか、アダムの子であり、第二のアダムとして神の子であることを述べています。

 そして4章1節公のご活動に移られる前に人としての荒野における40日間の悪魔の誘惑を受けられました。それもすべて神様のみ言葉によって撃退なさった。私達が悪の企みに勝つ方法をお示しになった事です。聖書のみ言葉を学ぶみ教えです。

 そして、霊の力に満たされて公のご奉仕に入られました。14・15節。お育ちになったナザレにお出でになり。いつもの通り安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。慣わしにより会堂司が聖書の中からイザヤ書を渡した。主は61章1・2節をお読みになって、巻物を巻き、係りの者に渡され、『この聖書の言葉は、今日、あなた方が耳にしたとき実現した』と話し始められた。

 主は油注がれ主の霊に満たされメシヤとして、単に貧乏人である貧しい者を指すのではなく、打ち砕かれ、絶望した者によい知らせを伝えるために遣わされたのです。続けて主の僕が遣わされた目的を述べます。とらわれ人に自由を、つながれている人には解放を告知させるためにと、レビ記25章13〜22節。10節に述べるヨベルの年です。その年は恵みの年です。自由と解放の恵みの年が角笛で国の隅々まで知らされます。主はイザヤ書を通して『この聖書の言葉は、今日、あなた方の耳にしたとき、実現した』と救いの宣言を公の働きの最初になさったのです。

 しかし、預言者のエリヤとエリシャの話をしたとき、今までみんなイエス様をほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚いていたが22節。会堂内の人々は皆憤慨し、総立ちになって、イエス様を町の外へ追い出し、町が立っている山の崖まで連れて行き、突き落とそうとした。しかし、イエス様は人々の間を通り抜けて立ち去られた。28〜30節。

 17日から受難節に入ります。ナザレの出来事から3年後主イエス様がエルサレムにお入りになったとき、多くの人が自分の服を道に敷き、また、外の人々は野原から葉のついた枝を切ってきて道に敷いた。そして「ホサナ(救い給え)。主の名によって来られる方に、祝福あるように、・・・」と大歓声でお迎えしたが、マルコ11章。同じ人々が「十字架につけろ」と叫んだのです。14章21節以下。

 私は今年で受洗して75年になります。特に戦争中はキリスト者であることでいやな思いを多くしましたが、イエス様を迎えた民衆のようにはなりたくないと思いました。どのようなことがあろうとイエス様に従って行こうと、自分に言い聞かせて洗礼を受けた事が忘れられません。今年は私の恵みの年だといつも思っています。

【起きて夜のうちにエジプトへ】 マタイ2章13節〜23節

2013年1月27日

 神様のご計画を告げられた人が行動しなければ神様のみ旨は成されません。マタイ福音書には神様のみ言葉に直ちに行動する人々が次々と登場します。1・2章だけでもヨセフと東方の占星術の学者達(マゴイμαγοι)がいます。

 2章1節〜12節、この学者達は捕囚の民が伝えたヤァウェーの神を信じていたのでしょう。主の誕生の知らせの星を見て当時としては困難な道を旅してエルサレムに来て、言った「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。私達は東方でその方の星を見たので、拝みにきたのです」これを聞いて、猜疑心の強いヘロデ王は不安を抱いて、祭司長たちや律法学者達を集めてメシヤは何処に生まれることになっているかと問いただした。彼達は即答して預言者ミカが5章2節で、ユダヤのベツレヘム(パンの家の意)と予言していると言った。そこで(τοτεトテ、90余回マタイは使っている)ヘロデは学者達に星の出た時期を確かめ心の内に悪計を持ち「・・・私も拝もう」と言ってベツレケムに送り出した。彼は自分の王位を狙う者として疑い、最愛の妻マリアンヌ、しゅうとめ、息子たち3人を次々に殺すほどの残虐性の持ち主でした。

 誕生地を知っていても誕生を告げられても誰一人動きませんでした。しかし学者達は黄金、乳香、没薬を献じ礼拝した。ところが「ヘロデのところに帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分達の国に帰って行った。

 学者達が帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現われて言った「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ・・・・」ヨセフは夜のうちに二人を連れてエジプトに去った。(この時代は神様が夢で告げられると信じていたのです)。生まれてすぐの幼子と産後未だ日も立たない妻を連れて、熱砂を未だ行ったこともないエジプトに旅することは誰でも躊躇う事です。しかし人間が神様の命令の従うとき神様のみ旨がなるのです。彼は神様の命令が与えられた時、直ちに行動しました。何も分からぬまま神様の命令に直ちに従いました。

 ヨセフが神様の言葉に疑問を持ち、「旅の準備が出来るまで」とか「なぜ困難な旅を要求なさるのですか」「明るくなるまで待って下さい」など言っていたのであればヘロデの虐殺に幼児イエス様は逃れることは出来なかったことです。彼は起きて夜のうちに幼子とその母を連れてそこを発ったのです。聖歌301「わが行く道何時いかに、なるべきかは、つゆ知らねど、主は御心成し給わん」がヨセフの気持ちでしょう。

 モーセが彼達の先祖を導いた砂漠の道を逆方向に進んだのです。未だ見ぬ土地へとアブラハムのように旅して行くのです。生活の心配、もろもろの不安が頭を過ぎった事でしょう。ヨセフのこの歩みが信仰の服従です。

  服従する忠実な者には神様が備えをして下さいます。学者達が贈り物として献げた三つの宝が当分の生活の糧となったことです。その後は大工の腕でしのいだ事でしょう。

 ヘロデは学者に騙されたと、ベツレヘム周辺の2歳以下の男の子を虐殺しました。BC4年にヘロデが死ぬとヨセフの夢に現われてイスラエルへの帰還を命じたのでイスラエルに行ったが、ヘロデの息子が治めていた。夢でのお告げで二人の故郷であるナザレへと向かった。イエス様はヨセフが亡き後若くしてマリヤと弟妹を養父譲りの大工仕事をしながら養った。それで主はナザレ人と呼ばれたのです。

【この目で救いを見た】 ルカ2章22節〜38節

2013年1月6日

 老祭司ザカリヤとアロン家の娘エリサベツの一粒種ヨハネの割礼と命名の盛大な儀式 (一57〜79)と対照的にマリヤと義父ヨセフの子イエス様は旧約聖書の律法に従って神殿において3人で「始めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」23節との定めにより犠牲をささげるためでした。通常は1才の子羊一頭と鳩一羽でしたが、手の届かない貧しい人たちは、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽で良いことになっていたレビ記12章。彼達はこれを用いるほどの貧しさでありました。

 しかしこの幼子は二人の信仰深い老人から盛大の歓迎を受けます。イエス様ご降誕に関って人は、正しく信仰が厚くイスラエルの慰められるのを待ち望んでいた老人シメオンや、「神殿を離れず、断食したり祈ったりして神に仕えていた84歳になる女預言者アンナ」エルサレムの救いを待ち望んでいる人々です。25節〜38節。

 日本のキリスト者も教会もクリスマスが過ぎ去った瞬間新年モードに切り替わってしまいます。今年の降誕節は2月10日までです。主ご降誕の聖書の記事を注意深く読んでみますと、占星術の学者の訪れ、ヘロデ王の虐殺を逃れてエジプトへの避難の出来事など、その前の神殿ご訪問など考えてみると、大事なことを見落としていないか気になります。

 マリヤとヨセフは幼子イエス様を抱いて、宮詣をし、定められた犠牲を献げました。これは日ごとに見られた風景で、別に珍しいことではありません。この幼子が人々の罪を負って十字架の死をもって人々を救う方だとは誰一人も思いませんでした。しかしここに信仰深い人で、イスラエルの救いを待ち望みメシヤに会うまでは決して死なないとの聖霊のみ告げを信じている老人シメオン、また「神殿を離れず、断食と祈りに、夜も昼も神に仕えていた84才になる女預言者アンナ」がいました。この二人だけが救い主であると見いだしていました。

 当時の習慣として神殿で老人に幼子を抱いてもらい祝福を祈ってもらうことがありました。シメオンはこの幼子を抱いた時、神を讃えて歌いました。29節〜32節「主よ、今こそあなたは、お言葉通りこの僕を安らかに去らせて下さいます。私はこの目であなたの救いを見たからです。・・・・」彼らを祝福し、マリヤに34・35と言った。シメオンはクリスマスの福音を確信したのです。この幼子が彼自身の救い主としてここにおられるのです。この方は万民の為の救いであり、異邦人を照らす啓示の光、イスラエルの誉れでもあるのです。

 シメオンは救い主のご誕生を人づてに聞いたのではありません。自分のその手で抱き、幼子イエス様を見つめながら讃美したのです。

 クリスマスソングを歌いつつ、その雰囲気に包まれていたのでは真実のクリスマスを祝ったことにはなりません。シメオンとアンナの二人の老人が、神殿〔教会〕をはなれず、祈りのうちに主を待ち望んでいたからこそキリストとの出会いを経験したのです。私達も主が再びお出でになると約束して下さったことを忘れずに,この元住吉教会で礼拝を守り、祈りつつ待ち望み、再臨の主がお出でになったとき誰一人取り残されることがないように、努めたいものです。

【2013年新年礼拝】 創世記1章

2013年1月1日

 ユダヤには七つのお祭りがあります(旧約による)1)ロシ・ハシ祭9月頃、ユダヤの新年祭、神によって世界が創造されたことを記念する日。2)ヨム・キップール贖罪日、9・10月頃、贖罪のための断食と祈祷の時。3)スコット仮庵祭り3.4月頃、荒野の放浪を偲ぶ。4)ペサハ過越し祭エジプト脱出記念。5)シャプオート祭5旬祭、パサハの50日後、モーセの十戒を祝う。6)ハヌカ光の祭りギリシャに対する勝利を祝う。7)プリム祭、エステル記の出来事を祝う。ペサハと五旬節は現在の教会にも関係が深いものです。

 日本のお正月はお盆と同じく、祖先の霊魂を祭り年頭墓参をしたりしますが、基本的には年神とか歳徳神(さいとくしん)と言う神々を迎える日です。そのため家の中に年棚と恵方棚を新しく作り、長男が村境から負ってきた神々を床の間に下ろし、注連縄で飾った棚に祭ります。そしておせち料理を神に食べてもらいそのお下がりを頂きオメデトウの挨拶を交わします。神人共食といいお節を食べた人は仲間になります。(神に捧げた酒はお神酒ですのでお酒を断ると仲間になりたくないとの意思表示と取られていやな思いをします)この様な仕来りからでしょうか、一休禅師の句に「門松や(神を歓迎する飾り)冥土の旅の一里塚、目出度くもあり目出度くもなし」となるのでしょう。

 さて科学(天文学・物理学等)では、ビック・バン現象が起きて無に近いところから粒子が目茶苦茶に飛び出し回っているとき、ビックス粒子が飛び回る粒子を捕らえてそれが重さを持つものとなり物質となった。このビックス粒子は神の手ともいわれます。ビック・バンによって今も宇宙は膨張を続げています。限界に達すれば逆に収縮のほうへと動き始めるとのことです。

 聖書に戻りますと「初めに、神は天地を創造された」筆者は自身の時代をはるかに遡り歴史学が対象にできない時代に及んでいます。創造の記事は唯一人も目撃者はありえず。人間の観察や経験では不可能な領域について聖書は述べるのです。私はこの記述を歴史的であると信じます。

 確かに多くの人が述べるように聖書は科学書でもないし、筆者は当時の人々の思想思考によって書いているのです。詩的表現が多いことも彼達の世界には考えられない霊的な神の語りかけを詩で述べているのでしょう。単なる時間経過の中での創造の出来事であることも理解できます。一週間での創造のみ業は気の遠くなるような時間の経過を短縮したものです。一日は数百万年だか分かりませんがその順序と秩序は創造のあり方を物語っています。細かい内容は機会を見て取り上げます。

 NEWSニュースはギリシャ語のネオスνεοσから来ている新しいとの意味です。すぐに変わりやすい一時的な新しさを示します。それに対してカイノスκαινοσは何時までも変わらない新しさを示します。コリント後5章17節「キリストと結ばれる人は誰でも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた」新約聖書も「新しい約束」です。大切なことは外見的な新しさを求めることではなくて真実な新しさを身につけることです。それを2013年の年にして下さい。祝福を祈ります。